このはりぼての東京砂漠において…28歳の珠代さんは輝かしい将来を夢みていました。
彼女は、今までずっと大手企業で事務職として勤務していました。
仕事内容としては退屈でしたが、大手企業ではそれなりに良いお給料をいただいています。
しかも残業もそんなにハードではありませんでした。
それらの価値を放棄しても転職するには、お金に匹敵する誇れる要素が珠代さんにはとても必要でした。
それは「ステイタス」…凡庸な仕事ではなく女性にとってあこがれの仕事。
珠代さんはジュエリー業界の転職に一念発起します。
ジュエリー業界は未知なるスキルでしたが、彼女には幸いなことに親からいただいた貴重な美貌がありました。
インポートジュエリーのセレクトショップを、歴史の長いジュエリー会社が立ち上げました。
ジュエリー業界も新しい感覚を求められている中、そのジュエリー会社は時代に対応しようと必死でした。
「将来的には店長やバイヤー、MDなどへも積極的に登用します」「都心の一等地で夢を扱うお仕事です」「能力さえあれば海外への買い付けにも同行できます」
珠代さんにとって甘い蜜のような言葉が募集の求人に羅列されていました。
インポートジュエリーのセレクトショップの”オープニングスタッフ”に珠代さんは採用されました。
まずはショップスタッフからのスタートです。
ジュエリーショップの開店前に、本社での2週間の研修が用意されていました。
その本社は神奈川県のさびれた場所にありました。
電車と電車を乗り継ぎ、最後はバスでむかいます。
本社に到着すると、どう見てもインポートジュエリーのセレクトショップとはかけ離れた、ほんとに普通の日本のビジネスマンが研修室前で待っていました。
グレーのスーツに紺のネクタイを締めていて、いわゆる“業界人”には見えません。
珠代さんはとても不安になりました。
「こんなどう見てもただのサラリーマンにしかみえない人が…セレクトショップの運営に関してはたして…」
ジュエリーの研修がはじまりました。
「すべては売り上げだ!売上が良い人間を店長に抜擢する!」
「ジュエリーという美しい商材をわたしたちは扱っているが、水面下で水を掻き続ける白鳥のごとく、もがき続けねばならない!」
トレンドや業界ネタなど華やかなエピソードは皆無で、3時間ひたすら精神論を説かれました。
珠代さんは、壇上に立つたたき上げのビジネスマンの足元を見つめました。
その靴はトレンドとはほど遠い、どこで買ったのかまったくわからないような靴でした。
皮もけっこう傷んでいました。
珠代さんは窓の外を見つめて思いました。
「このインポートジュエリーセレクトショップが成功するとは到底思えない」
そしてその予感はその後的中したのでした…。