知床半島の旅館(つらい環境に順応したとき・・)

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「知床半島の旅館」 従妹の明日香ちゃんは7年前、自分探しの旅に出ようと決意したそうです。
いろいろ考えたあげく明日香ちゃんは、北海道の知床半島にぽつりとたたずむ旅館の、3か月短期の住み込み定員として働くことを決意しました。

募集要項には週休二日制と謳っていました。
その休みを使って知床半島を探索しよう、明日香ちゃんの胸の内にはそんな絵空言ができあがっていたのです。
なによりも広大な北海道は、人生というものの道しるべを教えてくれるのでは…明日香ちゃんは心からそう思ったのです。

知床半島の旅館で明日香ちゃんは働きはじめました。
たしかに週休二日制でしたが、勤務日の拘束時間が非常に長いことがまず予想外でした。
朝7時の食事の配膳の仕事からはじまり、午後2時のランチの配膳まで時間に追われます。
その後2時から5時までの中休みを経て、ラストの22時まで夜の食事の配膳が待ち受けています。
結果、就寝時間以外はほとんど働くことになりました。

知床半島の探索どころか、北海道の味わいどころか、休日は疲労回復に追われ海を眺める余裕はありません。
しかも、夜の食事の配膳の部では男性のお客さまのお酌の仕事が待っていました。
「募集要項はホールスタッフだったはず」と、明日香ちゃんはさすがに旅館に抗議しました。

知床半島の旅館は時給をアップを妥協案として提案してきました。
納得はいきませんがここは知床半島です。
逃げ出したくても、すぐ逃げ出すことができない、北海道の最果ての極寒の土地なのです。

よし3か月がんばろう!と、明日香ちゃんは知床の旅館生活に腹をくくりました。
長時間の配膳に男性客へのお酌、しかし若さの順応性はすぐに知床の旅館生活を克服しました。
それどころか知床の旅館生活を楽しむことさえできたのです。

あらためて観察してみると知床の旅館は異国情緒豊かでした。
ブラジル人の出稼ぎ家族が住み込み定員として旅館の掃除をしていました。
そのブラジル人の子供が親とともに働いていることに明日香ちゃんは衝撃を受けました。
だってその子供はまだ中学生くらいにしか見えないのです…。
本来ならば、適正な教育をうけて友達と遊んでいる時間帯に、そのブラジルの子供は掃除夫として働いているのです。

知床の旅館の中にはお酒を扱うラウンジも存在しました。
ラウンジには、明日香ちゃんと同年代のフィリピン人の若い女性がホステスとして働いていたそうです。
もしかしたら、中国人も韓国人も朝鮮人も働いていたかもしれません。
「人種のるつぼ」…それが日本の、北海道の最果ての、知床半島の旅館の姿だったのです。

知床の旅館は「東京の築地」から一部の鮮魚を仕入れていました。
たしかに全ての種類の魚が北海道の海で漁獲できるわけではありません。
明日香ちゃんにとって、北海道の最果ての知床半島において「東京築地」と書かれたお魚の包装がどうしてあんなにもシュールに見えたのか…。

ブラジル人やフィリピン人が日本人の宿泊客に奉仕をして、”北海道の知床”で日本人客が”築地”の魚を食べる。
その事実を知っただけでも、知床の旅館で3か月働いたことは、明日香ちゃんにとって自分探しの旅になったのではないでしょうか。

明日香ちゃんはその後、貧困を含めた国際社会を意識する女性に成長しました。