ヤッパリ合わないひと : MIHARUアラウンド(乾杯!)

ヤッパリ合わないひと

「どうしてそれを…」

瀬戸に言いかけて美春は思わず口をつぐんだ。
”瀬戸バイヤーは副社長の愛人”社内で長らく噂されてきたこのフレーズが美春の脳裏を駆け抜けたからだ。

秋山や岡が、美春の人事の件を瀬戸に事前に話すなんて、そんな迂闊な振る舞いは到底考えられない。
すると松山副社長に矛先が向いてしまうのは自然の流れだった。
昇格人事について瀬戸が言及したことで、噂はいよいよ真実味を帯びてくる。
この瞬間、美春の中で噂は確信に変わった。

しかし、会社を退職する美春にとって、瀬戸がだれの愛人であろうがもう関係のないことだ。

おそらく瀬戸も似たような気持ちなのだろう。
慎重で用心深い瀬戸がこんな不用意な発言をするのは、すでに美春を”外部の蚊帳の外の人間”と判断したからに他ならない。
だとすればいい加減ほっといてくれれば良いものを、瀬戸は粘着質に美春に絡んでくる。
『最後まで疲れる女性だ…』
これも最後の試練とばかり、美春は仕方なく口を開いた。

「人事の件…よくご存じですね、さすが”情報通”といいますか」
皮肉をたっぷり込めたつもりだったが瀬戸は薄く笑っている。
このふてぶてしさ…、岡マネージャーの待つ『金魚』に直行したいのに、何とももどかしい。
「退職については私の中には微塵も迷いはありません」
「同じ職場ではなくなりますが、何かの仕事でコラボレートする日があるかもしれませんから、今後もよろしくお願いします」

言うだけ言ったら、さっさと立ち去ろうとする美春の背中に瀬戸はセリフを投げかけた。
「所詮そんな程度だったんですね、片桐さんの仕事に対するモチベーションって」
思わずぎょっとして、声のほうに美春は振り向く。

「会議では言いたい放題、自分の発言の責任は取らず、他にやりたい仕事ができたからと退職していく…」
瀬戸はひんやりと微笑んだ。
「あなたの『ナチュラリスト』への愛情は所詮その程度…ってことだったんですね」

”黙って聞いてれば!”怒りのあまり、美春は瀬戸を睨みつけた。