玄関口で待つ彼女 : MIHARUアラウンド(乾杯!)

玄関口で待つ彼女

岡マネージャーから「今夜酒に付き合え」と命令を受けている。

さぞ失望されることだろう。
こってり絞られるに違いない、いやそんなもので済めばいいが…。
もう同じ釜の飯を食う仲間ではないんだから、岡に美春をこってり絞る理由がない。
そんな寂しい酒に呼び出されることのほうが、失望されるよりもよほど美春には堪えた。

いつものごとく、岡は『金魚』で先に酒を飲んでいる。

照明の消えた長い渡り廊下を足早に、美春は会社の玄関口に向かった。
驚いたことに、玄関口に瀬戸の姿が見える。
今日いきなり退職の意を伝えたのだ、瀬戸がそのことを快く思っているはずがない。
なんとも悪いタイミングを美春は呪った。
そしてふと疑問にぶつかる。
終業時刻後、瀬戸はフロアにいなかったのだ、なぜこんなタイミングで玄関口で出会うのか?
”まさか待ち伏せしてた?”
そんなことまでしないよね…、そう自分に言い聞かせながらも心はますます重くなった。

「お疲れさまでーす」すれ違いざま美春は瀬戸に明るく挨拶をした。
「お疲れ様です」
口角だけを上げて目は笑わない、いつもの瀬戸の表情だ。
「片桐さん、最近せっかくご活躍だったのに、いきなり退職だなんて本当にびっくりしたわ」
”それ来た!”美春は心を固くして身構えた。
本当はファイティングポーズを取りたいぐらいだったが今さらケンカなんかしたくない。
”柳に風”の対応で行こう、美春は努めて明るく返事をした。

「職場の皆さんに迷惑をかけて心苦しい限りです」
「年末まで責任を持って業務に携わりたいと思いますので、どうかご指導をよろしくお願いいたします」
そう言って丁寧に頭を下げると、瀬戸から思わぬ言葉が返ってきた。
「あなたも変わってるわね、昇格の辞令が出ていたのに棒にふって退職するなんて」

「えっ?」美春は戸惑った。
美春の昇格人事は一般社員が知るはずがない。
確かに内示は出ていたが、正式辞令の際に退職の意を明らかにしたのだから。
松沢、秋山、岡含め、管理職の上層部には当然通達されているだろう。
しかし瀬戸はバイヤーにしかすぎないじゃないか。

”どうして瀬戸さんが知ってるの?”
美春の心の中にクエスチョンマークが浮かんだ。