楽しく飲む酒 : MIHARUアラウンド(乾杯!)

楽しく飲む酒

”まずい酒になるに違いない”そう覚悟して『金魚』にやってきた。
事実、容赦のなく厳しい指摘をたくさん岡から受けた酒の始まりだった。

― でも結局、岡と美春は楽しくふたりで酒を飲んでいる ―

やはり岡は気持ちのいい底抜けの九州男児だ。
上司と部下を越えた、少し友情すら感じるこのふたりを見ると、もしかしたら麻生は男として焼きもちをやくかもしれない。
それくらい、岡と美春は楽しく酒を飲んでいる。

「まあ片桐飲めっ!」
そう言いながら岡は溢れんばかりの酒を美春のグラスに注ぐ。
「マネージャー、明日まだ火曜日ですよ、こんなに飲んだら仕事になりませんよ!」
抗議しながら美春はグラスの口に手で蓋をした。
「朝起きてしまいさえすれば仕事なんてどうにでもなる、堅苦しいことを言うな」
「この上司ホント信じられない…わたしに”たつ鳥跡を濁させる”気ですか!?」
”おっうまいことを言うな”などとセリフの掛け合いをしながら、後半は楽しく時が過ぎて行った。

『職場が変わってもまたいっしょに飲もうな』
そう言ってくれる岡に、美春は「こちらこそよろしくお願いします!」と明るく返事をする。
さんざん飲んでお開き真近になった頃、岡がきっぱりと言ってくれた。
「片桐、次の仕事がんばれよ、何か困ったらことがあったら真っ先におれに言ってこい」
「おれはいつもおまえの味方だ」

岡の優しさに美春は言葉を失った。
唐突な辞め方で上司としての顔に泥を塗ったのに、”おまえの味方”と思ってくれるなんて。

23歳の頃、バイトのショップ販売員からスタートした美春をその都度評価してくれた。
もちろん美春自身の努力や才能もあるが、生意気にも仕事の将来を夢見れるような立場になったのは、何をどう言おうが岡のおかげだ。

今の会社を退職して、響ナツコのアシスタントになると麻生に告げた時「おれはいつでも応援してる」そう言ってくれたことを美春は思い出す。

…私はほんとうに幸せものだ…
美春は心から、自分を支えてくれる周りのみんなに感謝をした。
恩返しするためにも自分はもっと人として成長しなければならない。
そして少しづつ30代を生き抜くことへの覚悟が決まっていく。

”がんばろう”美春は心の中で小さく呟いた。

ガラス鉢の中の朱赤の金魚はゆらゆらと揺れながら、暗い照明の中でそんな美春を見つめている。