ビールを詰めて : MIHARUアラウンド(乾杯!)

ビールを詰めて

「あーあ、せっかくのドンぺリがあと2センチくらいしかない…」
美春は溜息をついた。

「誕生日のために買ってきたボトルだから、あとは全部美春ちゃんが飲んでいいよ」麻生がそう言うや否や…。
「では、お言葉に甘えていただきまーす!」と、いきなり美春はボトルを抱えてラッパ飲みしようとした。。
まさかの美春の行動に、麻生は驚いて目を丸くしている。
「うわっホントにやるのかよ…せっかくのいい女が台無しだ…」
がっかりする麻生の目の前に「いいからついでよ」と美春はグラスを突きつけた。
「本気でやるわけないでしょ!私今日からアラサ―なんだよ!」
麻生はほっと胸を撫でおろしている。
「どうなることかと思った…ああ良かった」

「そこまでわたしはおバカキャラじゃありません、羞恥心くらいありますよ!」
美春と麻生はとことん笑った。
ふたりでいると、いつもこんなふうに楽しく飲んでとことん笑っている。

― 9月の雨の日、健史とケンカして焼き肉屋を飛び出した。
草むらのベンチでひとりビールを飲んでる美春に麻生が話しかけてきたのが事の始まりだ。
再度麻生と出会った時、美春は同じ草むらのベンチで泣きながらスパークリングワインをラッパ飲みしていた。
健史との別れがあり、仕事の紆余曲折があり、響ナツコとの衝撃的な出会いがあった。
そして30歳を迎えた今日のこの日、麻生が隣にいる ―

「あの草むらのベンチの場所まで久しぶりに散歩したい」
こんな寒空の下、あまりいい思いつきとは思えない。
でもどうしても、今あの場所に行きたい、寒さなんかどうでもいい。
「いいよ、気分転換に少し散歩しようか」
無責任な美春の突然の思いつきに、麻生はすんなりと同意してくれた。

”どうせ飲みたくなるに決まってるから”と、エコバッグにたくさんビールを詰めてふたりはマンションを出た。
詰められたたくさんの缶ビールが、歩くたびに袋の中でぶつかりあい、静かな夜道にがちゃがちゃと音をたてる。

冬空にピクニック、ビール缶が奏でる行進曲。
そんなことを連想しながらふたりは草むらのベンチまで楽しく歩を進めた。