退職の理由は伝わらない : MIHARUアラウンド(乾杯!)

退職の理由は伝わらない

「そんな無責任な気持ちで働いてきませんでしたよ、わたしは!」
怒りを堰き止めることができず思わず語彙が荒くなった。

「…でも辞めるんでしょう?」
「わたしは何があっても辞めませんよ、これからも『ナチュラリスト』に心血を注ぎますから」
美春の言葉を受け流し、瀬戸は確固たる意志をみせた。
「どうぞ片桐さんは新しい会社でご活躍くださいね」
「それこそ仕事でコラボレートする日があるかもしれませんから、今後もよろしくお願いしますね」
切り返す隙を一切美春に与えず、”お疲れさまでした”と瀬戸は立ち去っていった。
悔しさで手が震えたが、それも数分だけの間だった。
すっかり真っ暗な外の景色の中、会社の玄関口に佇みながら美春は心の中を整理した。
『水と油』最後まで…。

瀬戸には美春が理解できない、美春には瀬戸が理解できない。

確かに同じ会社に勤め続ける美徳は存在するだろう、それは美春にだってわかる。
でも、自分自身の中で次々に湧き出てくる冒険心や好奇心に美春は抗えない。
ファッションやジュエリーは感性を求められながら絶えず変化していく。
その変化がこの仕事の醍醐味であり、やりがいでもあるじゃないか。
そりゃあ、働く場所をころころ変えず、ひとつの場所の中で変化や感性を求めていければどんなにいいだろう。

ところが現実とはなかなかそうはいかないものだ。

”わたしは嫌気がさして会社を辞めるわけではない、『ナチュラリスト』が大好きだった”
ただ、響ナツコさんの作品や世界観の魅力が『ナチュラリスト』を凌駕しただけだ。

― そう、変化する流動する ―

「それにしても最後までかましてくれたねえ、瀬戸さん」
「ホント水と油…」
そりの合わない女性だったが、彼女の意志の強さと手強さには内心あっぱれと称賛する気持ちもある。

瀬戸さん、天野さん、西条さん、『ナチュラリスト』どうか頑張ってください!
片桐美春も違うフィールドで全力疾走しようと思います!

一歩一歩踏みしめながら美春は歩き出した。
夜空には、北斗七星がきらきらと瞬いていた。