退職表明。キャリアのリセット : MIHARUアラウンド(乾杯!)

退職表明。キャリアのリセット

「わたしはアパレルの仕事に情熱を持って臨んできました」

松沢は神妙な面持ちで、秋山は相変わらず感情を表さず、岡は驚きの表情で…。
3人はそれぞれの様相を示しながら美春の次の言葉を窺っている。

「今もこの仕事が大好きですでも…」
「もっと大好きな仕事、情熱を持って打ち込める仕事に出会ってしまいました」
「だからわたしは今月いっぱいで退職させて頂きたいと思います」
一気に言い切った。
手はさらに汗ばんで、美春の心の疲弊を表していた。

美春の退職理由を聞き終わりしばらくして松沢は口を開いた。
「理由はだいたい把握しました、ところでもう次の転職先は決まってるの?」
「はい、個人のジュエリーデザイナーのアシスタントです」
美春は即答した。
「なるほど…アパレルのMDや企画の仕事と共通項がないことはない」
「だけどジュエリーの個人事務所だと、おそらく大手の会社よりも給料が下がる可能性が高い」
「せっかく正式にMDに昇格して、給料もそれなりに上がる、それらを引換えにしてまで退職する理由は?」
松沢は辛辣に聞いてきた。

たしかに松沢の言う通りだ。
今まで培ったキャリアが一から出直しになり、生活レベルは下がる、しかも新天地でとんとん拍子とは限らない。
それらを引換えにしてまで覚悟を決める理由は果たして何なのだろうか?
”なぜなのか”自分の気持を突き詰めるために美春はほんの少しの間沈黙した。
そしてひとつの確信に満ちた答えに辿り着いた。

「ジュエリーの世界が持っている、限界のない表現の幅の広さがわたしには刺激的だからです」

淀みなく答える美春を見つめながら、松沢は”刺激的ときたか”と呟く。
「安定よりも刺激的…仕事の価値基準をそこに見出すわけだ」
そう言って松沢は意味もなく卓上のペンを指で遊んだ。
「君のやり方は組織としては理解しかねるところがあるけど…」
「裏はらに、片桐くんのそんな面が優秀な企画力を生み出しているんだろうな」
そして松沢は「わかりました」とあっさり返事をした。

「片桐くんの退職を受理します、昇格の件は白紙ということで」
この瞬間、美春の退職は確定した。
さあ完全に退路が絶たれた、美春は新天地で頑張るのみになった。