MD昇格。心の迷い : MIHARUアラウンド(乾杯!)

MD昇格。心の迷い

重役室のドアを開けると松沢副社長が椅子に座って待っていた。
美春よりひと足先に、秋山商品部長と岡マネージャーが松沢副社長のそばに待機している。
その図式は前回重役室に呼び出された時とまったく同じだった。

「片桐くん、ご苦労様です」
まずはそうひと言美春に声をかけてくれる。
やはり服装のセンスがいい、今日もばっちりと決まっている。

「さて先日本人に伝えた通り、片桐くんは本日付けで正式なMDとして昇格します」
松沢のこの言葉に”きたっ”と、美春は思った。
「おめでとう」
松沢の言葉に追従するがのごとく秋山と岡も「良かったな片桐」「これらかがんばれよ」などと励ましてくれる。
舞台は完全に出来上がった、そんな雰囲気だった。
なぜこの舞台にわたしはすんなり上がることができないんだろう。
今ならまだ間に合う、考え直したほうがいいんだろうか?
一瞬の、美春の最後の迷いの瞬間だった。

”迷ってしまうのならば退路を断ってしまえばいい”

美春は口を開いた。
「今月いっぱいで会社を退職したいんですが」
「えっ?」
松沢も秋山も岡も、美春の言葉の意味が飲み込めずきょとんとしている。

”さあこれで退路は絶たれ後戻りできなくなった”

美春はこれから行われるであろうやりとりのために肝を据えた。
再度同じセリフをリフレインする。
「今月いっぱいで会社を退職したいんですが」
3人は美春の言った言葉を理解したようだ、気まずい沈黙が場を支配する。

岡が真っ先に沈黙を破り言葉を発した。
「今日昇格の辞令が出たんだぞ!そんな場で…片桐おまえいったい何言ってんだ!」
岡マネージャーはかなり狼狽している。
松沢は岡の言葉を制しながら「片桐くん、説明してもらえますか」と美春に次の言葉を求めてきた。
『本当の気持ちに忠実に嘘偽りなく説明しよう』
美春はぐっと手の平に力を込める、緊張のあまり手の平はじっとりと汗ばんでいる。

「わたしは…」
美春は言葉をつむぎだしてゆく。
窓の外はすかっとした晴れ渡る青空。