クリスマス商戦、昇格。それぞれの思い : MIHARUアラウンド(乾杯!)

クリスマス商戦、昇格。それぞれの思い

午前中、辞令のためにいつ呼び出されるかと力んで待ち受けたのだが、それは徒労に終わった。
美春と天野と西条は、本社近くにあるイタリア料理の店で、今現在3人でランチを楽しんでいる。

”今日のランチメニュー”のひとつ「豚ばら肉と青じそのパスタ」はとてもおいしかった。
”豚ばら肉と青じそ”普段スーパーで手に入るこれらカジュアルな食材を、生クリームを使って気の利いたパスタに仕上げてある。
このレシピをそのうち麻生に作ってあげたい、美春はそう思った。

天野と西条はクリスマス商戦の話題に没頭している。

『自分たちだけのセンス、自分たちだけの努力、自分たちだけの運営方針』
それらの集大成が売上げとして現れているのだ、テンションが上がらないわけがない。
ふたりとも心が昂ぶっているから、常にポジティブモードへと突入していく。
そして仕事への将来に夢を見る。

『天野さん、西条さんがんばって、わたしも違うフィールドでがんばるから』

本当においしいなこのパスタ、会社辞めたらこの店に来ることもないなあ…。
そんなことを思いながら美春はパスタを口に運ぶ。
呼び出されるであろう午後からのこと、その折、退職の意を伝えねばならないこと。
それらの煩雑な感情が美春の意識下に常にあって落ち着かない気持ちだった。


昼休みが終わり3人は会社のフロアに戻った。
午後の仕事を開始して2時間ほどたつがまだ呼び出される様子がない。
こんな状況ではなかなか仕事に集中できないじゃないか。
美春はさらに落ち着かない気持ちになった。

「片桐くん、松沢副社長が呼んでます、重役室へ行って」

着席している美春の背後から岡マネージャーが声をかけてきた。
3時少し過ぎた時刻だった。
それでなくとも恰幅良く地声の通る岡マネージャーなのに、ことさら大きい声で話しかけるものだから、フロア中が美春のほうを振り返った。
天野と西条も仕事の手を止め怪訝な顔をしている。
瀬戸に至っては不都合なことを想像するのか、鏡を見れば本人もびっくりするであろう、すさまじい表情をしていた。

”美春の昇格をみんなに知らしめてあげよう”
事情を知らない岡マネージャーは、おそらく好意からことさら大きい声を出したのに違いない。

『だって…だって…わたしは会社をやめるんだもん』

この時だけはさすがに、美春は岡マネージャーのこんな性格を苦々しく思った。
そうはいってもとうとうその時がやってきた。
重い腰を上げて美春は重役室へ向かった。