仕事における責任とは : MIHARUアラウンド(転換期)

仕事における責任とは

もう少し残業が残っている美春に、ひと足先に『金魚』で飲んでいると伝え、岡マネージャーは会社を後にした。

「あー疲れた」美春は椅子に腰掛け背筋を伸ばす。
一通りの事務作業を終えると美春はトイレに行くために席を立った。
最近では節電のために、就業時間と同時に会社の不必要な照明は全部消されてしまう。

暗く静かな廊下をひとり歩く。
固く冷たい床が、美春の履いている靴のヒール音を”コツコツ”と響かせている。
夜の学校の理科室や体育館のあの独特の雰囲気…。
照明を消された会社の廊下は、あの夜の学校の何ともいえない重い空気感を醸し出していた。

ちょうどトイレの手前の社員休憩室に差し掛かったときに、話声が聞こえたので美春は立ち止った。
秋山商品部長と瀬戸の姿を確認して、美春は条件反射的に姿を隠し聞き耳を立てた。
秋山と瀬戸以外他にはだれもいなかった。

「秋山商品部長、今回の販売促進会議のような采配をされては困ります」
瀬戸が秋山に訴えていた。
「困るとはどんなところで?」秋山は瀬戸の顔を一瞥した。
蛍光灯の青白い光に照らされた瀬戸の顔はすごく疲れて見えた。
「天野さんや西条さん、片桐さんでは何かあった時に責任がとれません、きちんとわたしを通していただきたいんです」
「…わたしはバイヤーだけではなく、人の管理も兼任しているつもりです…」
瀬戸は気丈に秋山を見据えた。
秋山は鼻白んだ。
「瀬戸くんのいう”責任”の定義とは?」
「ブランドが立ち上がって2年、僕としては君に責任の執行猶予期間を充分与えたつもりだけど?」
「この仕事における責任とは、管理ではなくあくまでも数字の実績の責任が第一優先じゃないの?」
瀬戸は言葉をつまらせた。
「でも、わたしは……」

美春はトイレにいくのをやめてその場から踵を返した。

秋山と瀬戸のやりとりをそれ以上聞く勇気はとても持ち合わせていなかった。
きっとこのあとわたしの発言もやり玉にあがり、瀬戸は秋山と討論を続けるのだろう…。

「それにしても秋山商品部長のあの引き離した話し方…」
古参で化石、ただそれだけの存在と思っていた秋山の、隠された洞窟を見たような気がした。

”瀬戸が腹芸なら秋山はたぬきだ”

ヒールの音が暗い廊下でエコーのように尾をひいた。
美春は足早にフロアに直行した。

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