時代の流れとサラリーマン : MIHARUアラウンド(転換期)

時代の流れとサラリーマン

「おれは想像できたぞ」

岡マネージャーの次の言葉を美春は息をとめて待った。
「秋山商品部長もおれも、商売の”いろは”は当然知ってる」
「おまえたちがおれたちをどう思おうとかまわん、会社の営業の第一線として長いこと闘ってきたんだ、おれたちは」
岡マネージャは寂しそうな表情をした。
「秋山もおれも自分たちの培ってきたものを信じたいんだよ、通用しないと薄々気づいていても」
「自分を信じてやはり通用しない、時代っていう残酷な壁にぶち当たったとき…」
「やっと諦めがついて、サラリーマンという”出世競争”に身を置くようになる、きっと今回の秋山もそんな胸中だったんだろう」

美春はいつも、会社の男性社員をアパレル業界の『シーラカンス』と見下していた。
でも、今日のマネージャーの言葉はいつにも増して重かった、次にどんな言葉を選んで良いかわからなくなるほど。

「秋山は”出世競争”に勝ち抜きゃならない、そのためには無惨な業績を残すわけにはいかないから…」
「秋山は瀬戸ではなくおまえに期待した」
「会議に参加して何も言わないやつよりも、多少鼻息が荒くても意見を述べるやつのほうが見所があるからな」
「前回の会議での失言も、見所とみなされ効を奏したってわけだ」

美春はおちゃらけに徹することに決めた。
「どんなことが効を奏すかわからないものですねえ、地雷を踏んで、わたしかなりへこんでましたから」
男の本質にずばりと触れた岡の今回の発言に、美春は少し息苦しさを感じていた。
何度も酒を酌み交わし、上司と部下として気心も知れた間柄だったが、岡が初めて見せた側面だった。

岡はストレートに返してきた。
「片桐、おまえにとっては存在を認めてもらうチャンスだぞ」
「可愛がってきた上司としてはつらいが、こんな会社だ、ずっとおまえがうちにいるとは限らない」
美春はどきっとした。
実際に今まで転職を考えたことが数え切れないくらいある。
「だからがんばれ、キャリアと実績がこれから財産になる」

シリアスすぎる空気に水をさすように、岡は突然フランクな語調になった。
「おまえたちが頑張ってくれれば俺も会社も潤うし一石二鳥だ」
露悪的な岡の発言に美春は調子を合わせる。
「任せてください、片桐美春ですよ!けっして期待は裏切りませんから!」
「言葉が軽いなあ、おまえ」

美春と岡は笑い会った。
お互いの胸の内をオブラートに包みながら、夜は更けていった。

BACK HOME  NEXT