久しぶりの販売の仕事 : MIHARUアラウンド(転換期)

久しぶりの販売の仕事

11月の最後の週は美春にとって怒涛のように駆け抜けた。

つい先日、福岡に転勤する健史から『ふたりで最後にお別れ会をしよう』とメールが届いた。
そして週末の金曜日にはふたりで健史の送別会をした。

健史はたくさん飲んでたくさんしゃべった。
美春も負けないくらいたくさん飲んでたくさんしゃべって金曜日の楽しい時間を満喫した。
11月30日がくれば健史は福岡に旅立って行く。
”連休の日には福岡に遊びに行くね”と、美春は健史に約束をした。
お互い素敵な30代を迎えよう、そんな誓いを立てながらふたりの送別会は終わりを告げた。

休みの土日ともなれば、美春は販売員として『ナチュラリスト』の売り場に立った。
「どんな些細なことでもいいから貢献したい」
そんな思いからの行動だったが久しぶりの販売の仕事は思いのほか楽しくて、お客様とコミュニケーションを取ることが逆にストレス発散になった。
企画するだけの上から目線は嫌だ、現場と苦楽を分け合いたい…。
美春の思いはきっと現場のスタッフに伝わったはずだ。

『ナチュラリスト』の各店舗の売上げは順調のまま推移した。
来年撤退予定の表参道の旗艦店も最後の気を吐いている。
美春にとって今まで望んでいた現実が目の前にある。

そして今日、11月30日、美春は冬空の中出勤している。

朝起きた時から凍てつくような寒さだった。
電車を降りて会社へ歩く途中、雪がひらひらと舞い落ちた。
美春は空を仰いだ。

「健史は今日福岡に発ってゆく」

薄ぐもりの冬空から、時には激しく、時には穏やかに、雪が舞い落ちた。
雪がしんしんと空気を突き抜けた。
心が洗われるような気がした。

会社に出勤して、美春はパソコン画面を立ち上げFAXに目を通して、今日も売上げは順調だと胸を撫でおろした。
天野と西条と業務上のやりとりを交わし、瀬戸に儀礼的に振舞う。
そして昼休みが終わり席に戻ると、マネージャーの岡から、今から重役室に行くようにとの指示を受けた。

― こんな突発的な呼び出しは、いいことか悪いことかしかない ―

美春は”アーメン”と心の中で十字を切って、重役室の扉を開けた。

扉を開けると副社長の松沢が重役室の席に座っていた。
その傍らに秋山商品部長と岡マネージャーが鎮座している。
”瀬戸バイヤーは副社長の愛人”
真偽のほどは知らないが、社内でずっと噂されてきたことだった。
その副社長の松沢が美春の目の前に座っている。

「お疲れさまです、片桐です」
美春は背筋を伸ばし、副社長の松沢と視線を合わせ対峙した。

雪は宙を舞い、枯れ木の彩りとなり、会議室の美春たちを見つめていた。

BACK HOME  NEXT