思いがけないセリフ : MIHARUアラウンド(転換期)

思いがけないセリフ

― あの人が響ナツコさん ―

スタッフの女性にお礼を述べて美春は買い物袋を受け取った。
そしてまるで磁石に吸い寄せられるかのように会場の扉に向かった。

古い日本家屋の、木枠にガラスがはめ込まれたその扉を美春はゆっくりと押した。

目の前のベンチに響ナツコが座っている。
コムデギャルソンと思わしき黒のシンプルなワンピースに赤のストールをざっくりと纏って。
7連ほどはありそうなジャンクパールのネックレスを、悪趣味っぽくじゃらっと身に着けていた。
煙草を燻らすその指には、チープなどくろの指輪と高価なアンティークダイヤの指輪をいっしょにつけている。

「あのう…片桐と申します、こんにちは…」美春は響ナツコに声をかけた。
目の前の人影に光を遮られたので、響ナツコは煙草を吸う手を止めて美春を見上げた。

日本ビーズアーティスト展覧会で衝撃的に彼女の作品に出会い、次に巡りあったのは女性誌の特集…。
WEBで毎日彼女の作品を眺め、見れば見るほど『響ナツコ』の世界観に引き込まれていった美春。

― 響ナツコへの美春の気持は、ファン心理を超えて”恋”に近い感情に育っていた ―

だから美春の緊張は相当のものだった。
とにかく一生懸命話しかけた。
「日本ビーズアーティスト展で響先生の作品をひと目見て以来、大ファンです」
「女性誌の特集で先生の個展が開かれることを知りました」
「こんな素敵な作品をデザインするご本人にどうしてもどうしてもお会いしたくて個展初日にうかがいました」
響ナツコは『あらそんなに気にいってくれてありがとう』と率直に会釈した。

ノーメイクといい、無造作な髪型といい、虚飾のない人柄のようだ。
自分を飾らない、自分を作り込むために力を分散させない、自分の中に内在するエネルギーはすべてアーティストとして昇華させる。

…わあ、そう簡単に巡り会えない本物の大人の女性だあ…

彼女本人に会って、その人としての佇まいを目の前にして、美春はますますファンになった。
そして自分でも信じられことを口にしていた。
「ナツコさん!わたしをアシスタントにしてください!」

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