麻生のマンション : MIHARUアラウンド(転換期)

麻生のマンション

8階建てのマンションの503号室が麻生の住まいだった。
インターホンごしに、マンション入り口のオートロックの扉を開けてもらって麻生の家の呼び鈴を押す。
すぐにドアが開き、いつものごとく笑顔の麻生が美春を招き入れてくれた。

「あがって、汚い部屋だけど」
麻生のマンションに足を運ぶのは、実は今日がはじめてだった。
今までは、美春の部屋に麻生が訪れるか、外食するかのどちらかがいつものパターンと決まっている。
健史との関係がすっきりするまでは、麻生も美春を家に招きづらかったのだろう。
初めて知人宅に招かれる時の、あのわくわく感と軽い緊張を美春は感じていた。

麻生に案内されて美春はリビングに足を運んだ。
「わあっ広ーい、うちと大違い!」美春ははしゃいでリビングのソファーに腰を落とした。
「初めての家ってなんか緊張するね、あ、このチーズお土産です」
美春が手土産のチーズを差し出すと「へえ、緊張するなんて珍しいこと言うね」と麻生が笑った。
キッチンからシチューの匂いがぷんと漂ってくる。
「今日の手料理ってもしかしてビーフシチュー!?」美春はいきなり空腹感を感じた。
「そう、3時間前からビーフシチューと格闘してる、解禁になったボジョレーヌーボーも用意してある」
「まずはシャンパンからスタート、一品料理もばっちり準備してあるから、至れり尽くせりです」

麻生のもてなしが美春はうれしかった。
「もう飲もうよ飲もうよー」
まだ料理を準備中の麻生を急かしてシャンパンの栓を抜かせた。
「飲みながら料理するのかよ、酔拳じゃあるまいし、味付けが不安だなあ…」
しぶしぶ麻生は乾杯して、シャンパングラス片手に料理を続けた。
かたや美春は、シャンパングラス片手に麻生の家の中の探索を開始している。

「へえー4部屋もあるすごーい…」
美春はベランダに出た。
「夜景きれーい、さすが5階、空をさえぎる建物がないねえ」
美春はベランダから麻生の部屋を眺めた。
部屋数はあるが、男の一人暮らしだけあって殺風景でガランとしている。
無造作に大型の液晶テレビが配置され、DVDが適当に散らばっている。
部屋の隅には読み終わった本が山高く積み上げられていた。
壁にはポスターの1枚も貼られていない。
ただカレンダーと世界地図だけが味気なくピンで留められていた。

「インテリアにまったく興味ないんだね、素敵なマンションなのにもったいなーい…」
美春はつぶやき、ベランダからリビングに戻った。

BACK HOME  NEXT