ライオンにて。成果報告会 : MIHARUアラウンド(転換期)

ライオンにて。成果報告会

すれ違う人の肩がぶつかり、美春ははっと我に返った。
体の中の時計の針が動き出し、周囲の雑音が戻ってくる。

作品の閲覧に熱中するあまり、麻生との待ち合わせをすっかり忘れていたことに気づいた。
「うわっ、15分も過ぎてる」
美春はあわてて待ち合わせ場所の会場出口にむかった。

麻生はすでに会場出口で待っていた。
「ごめんごめん、すっかり熱中して時間が過ぎるの忘れてた」
美春は麻生にぺこりと頭を下げた。
「いいよ、おれもけっこうハマって見てたもん」
「えっうそ!」美春は驚いた。
「いやあ、ビーズってすごい職人技の世界だね、編み方とかすごく複雑でびっくりするよ」
「えーっ、この世界の価値観わかってくれるんだー、うれしい!」
「なんかおれもビーズにはまりそう、今度ネックレス作ってみようかな」
麻生のセリフにさすがに美春は吹き出した。
「それは絵的に気持ち悪いからやめて」
「あほっ!冗談に決まってるだろう!」
美春と麻生は軽口をたたきあいながら日本ビーズアーティスト展覧会の催事場をあとにした。

洋服店をのぞいたり、本屋に立ち寄ったりしながらふたりは帰路についた。
夕食はやはり『らいおん』で食べようということで意見が一致した。

がらがらと引き戸をあけて『らいおん』の店内をのぞくと、いつものごとくマスターがあったかい笑顔で迎え入れてくれる。
「こんばんは」と会釈して、美春と麻生は店のカウンターに並んで座った。

ビールで乾杯すると、まずは今日のビーズ展の感想を酒の肴にふたりは盛り上がった。

「すごいアーティストがいたの!響ナツコさんって名前なんだけど、わたしかなりファンになった!」
「モダンでゴージャスでエレガントで斬新って感じ!とにかくすごく素敵!」
麻生はにこにこしながら美春の話を聞いている。
「美春ちゃんに誘われてビーズ展に行ったけど、おれもけっこう感動した」
「”緻密”さを要求される作業という意味で、仕事として共感するところが多々ある」
麻生の言葉が美春の胸を暖かくした。
価値観が共有できるって幸せだなあと、つくづく思った。
「じゃあまた展覧会があったら誘うね」
「今度は女装して展覧会に行くよ、浮かないように」
そう切り返す麻生に「やめて…死んでもみたくない…」美春は本当に嫌な顔をした。
「死んでもって…、けっこうおれの女装はいけると思うんだけど…」
「えーいうるさい!気持ち悪い!」
そう言って美春が麻生の頭をぽこっと叩き、ふたりはお互い笑いあった。

ふたりともビールが空になった。
美春はひれ酒を、麻生は焼酎ロックを注文した。
アツアツのひれ酒に口をつけると少しこうばしい香りがする。

「あのさあ…」
そう言って美春は神妙な視線を麻生に向けた。

BACK HOME  NEXT