師走(しわす) : MIHARUアラウンド(転換期)

師走(しわす)

体がふわふわと軽く少しほてっている感じ。
恵比寿駅までの道のりの最中も美春は現実感が伴わなかった。
電車に乗った後も心は夢の中…まさにそんな気分だ。

それでも、電車が各駅を通過するごとに、少しづつ心が引き締まってきた。

仕事とは「会社に貢献すること、能力を提示すること」それらの成果の暁にお給料がある。
「そうだ浮かれてなんていられない、気を引き締めなくちゃ!」
そうでなくとも新しいジャンルに挑戦するのだから、要領を得るまでは大変なはずだ…。
すぐに美春は仕事モードに気持を切り替えた。


地元の駅に着くや否や、美春は麻生の携帯に電話をかけた。
個展で起こったこと、事の顛末、今後のことを逐一報告しなければならない。

「もしもし?」着信音の3コール目で麻生は電話口に出た。
「わたしだけど、今日相談があるんだけど…今仕事中?」
美春は麻生の状況を配慮した。
麻生は会社に休日出勤している、まだ仕事中の可能性があった。
「あと1時間くらいで会社を出る、晩御飯いっしょに食べようか」
”了解、では6時ころ麻生宅で”今日は外食せず麻生の家でご飯を食べることになった。
料理を作る当番は美春に決まった。

「4時半かあ…」
スーパーで食料品を買出したり、新作のCDをチェックしたりしながら美春は麻生との約束の時間までを過ごした。
商店街にはクリスマスソングが鳴り響いている。
今この瞬間頑張っているであろう『ナチュラリスト』の販売スタッフたちをふと美春は思い出した。
12月第1週の日曜日、繁忙期の真っ只中、今日の売上げは好調だろうか…。
響ナツコのアシスタントとして転職するというのに、そんなことを考える自分に美春は苦笑してしまう。

冬の夕刻は翳りが早く、あっという間に暗闇が忍び寄ってきた。
街の遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。
なぜなのだろう…?
昔から美春が不思議に思っていたことがある。
12月…『師走』になると、なぜか毎日のように、街のあちこちから救急車やパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
それはけっして他の月にはない、『師走』独特の現象。
ほらまた今も、街の違う場所からサイレンが聞こえてくる。

今年がもうすぐ終わることに人の気持ちが切迫するからなのか?

そして今後の仕事に美春は思いを巡らせる。
けっして楽しいことばかりじゃない、想定外の出来事がたくさんあるはずだ。
「がんばろう…」
そうぽつりと呟いて美春はサイレンの音のほうに振り返る。
少しづつフェイドアウトするその音が完全に夕刻の暗闇に飲み込まれるまで。
美春は微動だにせずその場にひとり立ち尽くしていた。

BACK HOME  NEXT