重役室への呼び出し : MIHARUアラウンド(転換期)

重役室への呼び出し

「片桐くんお疲れさま」松沢は美春のほうを見た。

副社長の松沢は『ジュエリー』『呉服』『毛皮』『アパレル』『雑貨』この会社のそれらの部門を統括している。
会社のほかの男性社員に比べて、松沢は明らかに身に着けている物がこなれていた。
スーツやネクタイ、靴に至るまでセンスが行き届いている。
56歳という年齢だが背が高く若々しく覇気に溢れていて、30代の瀬戸と付き合っていると聞いても納得できるものがあった。

美春がショップから本社に移動して2年になるが、松沢と言葉を交わす機会などほとんどなかった。
全体朝礼の時、廊下ですれ違う時、エレベーターの中での挨拶程度の記憶しかない。
そんな副社長の松沢と、今面前で対峙している。

「最近『ナチュラリスト』は好調だね、片桐くんの会議での提案の効果だと周囲から聞いてるけど」
松沢の言葉に、”とんでもないです”と美春は下を向いて床を見つめた。
松沢は続けた。
「12月15日付けできみ、アシスタントMDから正式なMDとして昇格が決まったから」
「えっ!?」美春は驚いて顔を上げた。

「これまでの活躍に対する会社からの片桐くんへの評価です」
「正式な辞令は12月3日に下りる予定だけど、本人には事前に伝えておきます」
予期せぬ驚きと喜びで美春の頬は紅潮した。
「ありがとうございます!」と何度も何度も頭を下げた。

「これからはMDの西条くんと双璧でがんばって、会社に貢献してくれよ」
そんな松沢のねぎらいに「良かったな片桐くん」と、秋山商品部長も岡マネージャーも祝福の言葉をくれた。
特に岡はうれしそうな表情をしてくれた。
美春も岡に向って”うんうん”と首をふった。

”ほんとにほんと?やったー!”

正式に辞令が下りるまでは社内で口外しないようにとの指示をうけつつ、夢見心地で美春は重役室を退席した。
フロアに戻る前にしばらく、降り積もる雪を廊下の窓から感慨深く眺めた。

― 健史、福岡でがんばって!わたしも仕事がんばるよ!
このことを一刻も早く麻生さんに伝えたい ―

祝福するかのように雪はふり続けた。
美春はひとり、ただただ降り積もる雪を眺め続けた。

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