響ナツコ : MIHARUアラウンド(転換期)

響ナツコ

会計を済ませるために美春はレジに並んだ。
レジを担当している女性はおそらく響ナツコの会社のスタッフだと思われた。

「これお願いします」
美春はレジ担当の女性の前に買い物かごを置いた。
「こんなにたくさんお買い上げいただいてありがとうとざいます」
包装の手を休めず、女性は微笑みながら、美春の胸元を飾るネックレスにふと目を留めた。
「お客様に着けていただいてるネックレスはナツコさんの”ヴァネッサ”ですよね」
女性は商品名とともに響ナツコを”ナツコさん”と下の名前で呼んだ。
スタッフにはおそらくいつもそう呼ばれているのだろう。

少し恥ずかしがりながら「そうなんです、これすごくお気に入りなんです」と美春は女性に答えた。
女性はまじまじと美春が製作した”ヴァネッサ”を見つめた。
「うわあ、そんなに見ないでください!わたしが製作したので似て非なるものに仕上がってますから!」
美春は慌てながら顔を赤くさせた。
「いえ、逆にとても上手に製作なさってるなあ…と感心していたところです」
『器用なんですね』そうひと言、女性は本心から美春を褒めているようだった。

美春が個展初日に足を運んだ目的は、個展を見ることとキット購入以外に、響ナツコ本人をひと目見てみたいというファン心理があった。
来場して30分ほど経つが、”響ナツコ本人”らしき人はまだ会場で見受けられない。

「あのう、今日響ナツコさん本人が来場すると記載されていたんですが…」
そう言って美春は腕時計をちらりと確認した、2時20分だった。
「ご本人は何時くらいにいらっしゃるんですか?」
美春の問いかけに、スタッフの女性は”ああ…”という表情を作りながら言葉を濁した。

「オープンして30分ほどはナツコさんいらっしゃったんですけど」
「外出して2時間くらい経ちますから、そろそろ会場に戻ってくると思うんですが…」
そう言いながら周りを見渡す女性の目に光が走った。
「あっ、戻ってきたみたいです!外のベンチで煙草をすってますね」

冬の柔らかい陽射しの中、写真と同じように化粧っ気のない顔に長い髪を無造作に束ねた、黒のシンプルなワンピースを着た女性。

「あの人が響ナツコさんです」
女性の言葉に誘導されて会場の扉のむこうに視線を投げる。
そこには美春が会いたくてしかたのなかった響ナツコがいた。

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