冷めた料理の出来るわけ : MIHARUアラウンド(転換期)

冷めた料理の出来るわけ

画面に集中するあまり、美春は隣にいる麻生の存在をすっかり忘れていた。
そんな美春の横顔を、麻生が優しく見守っている。

WEB上では響ナツコのデザインした作品群が販売されていた。
複雑な製作工程を要するアクセサリーは『完成品』として販売されている。
有限会社の形式をとっているので、おそらく製作スタッフが存在していて、その人たちが彼女の作品を形にするのだろう。
完成品といっしょに『製作キット』も販売されている。
彼女がデザインした比較的製作が簡単なアクセサリーは、『製作キット』として材料だけが購入できるシステムになっていた。
「すごい造形のセンスだけど、キット販売するなんてけっこう商売もうまいなあ、さすがもと企画畑…」

ボジョレーヌーボーのグラスに再度口をつけると、グラスは空になっていた。
そのことで美春は響ナツコの世界から現実に戻った。

「うわっ、わたしまたやっちゃった?かなりトリップしてた!?」
麻生は空になったグラスにワインを注いでくれた。
「今回のトリップ時間は30分くらいかな、美春ちゃんの好きなことに対する集中力には感心させられるよ」
「ごめんね、せっかく料理を作ってくれたのに…」
美春は申し訳なくてしょぼんとした。
「いいよいいよ、さあ冷めた料理を食べよう」

「何よ、やっぱり嫌味言ってるじゃない!反省したのがバカみたい!レンジで温めなおせば済むことじゃない!」

…などと食って掛かりながらも、美春は麻生のこんなところが好きだなあと再確認した。
麻生によって結局いつも美春は救われている、美春の行動の自由を許して、守ってくれてさえいる。
麻生には芯の強さと包容力がある。
男ならばだれもがこう振舞えるというわけではないだろう。

美春と麻生は食卓に戻った。
ビーフシチューはとてもおいしかった、煮込みにたっぷり時間をかけただけはある。
牛のすね肉もたまねぎもトロトロにとろけている。
「おいしいおいしい」と連呼しながら美春はふと宙を仰いだ。

晩御飯に招いてくれた麻生には申し訳ないが、どうしても頭の中で『響ナツコ』の作品を思い浮かべてしまう。
美春は『響ナツコ』の世界観にどうしようもなく取り憑かれていた。
個展には必ず足を運ぼう、響ナツコ本人に会ってみたい。
美春は強くそう思った。

BACK HOME  NEXT