焼き肉店『麒麟屋』にて : MIHARUアラウンド

焼き肉店『麒麟屋』にて

”じゅうじゅう”と肉の焼ける音がする。

『麒麟屋』は美味しいと評判の焼き肉店で、ホルモン系の肉がとにかく秀逸だ。
店内はいつもホルモン系焼き肉の珍味を味わう大人でいっぱいになる。
かといって、牛肉も豚肉も負けずとおいしいからまたうれしい、そんな大人の隠れた名店だ。

一週間前、美春は健史に電話をかけた。
そして今日、美春と健史は麒麟屋で焼肉を食べている。
ここ最近、お互い仕事が忙しくまともに会っていなかったから、仕切り直したい気持ちもあった。
反面、今日ケンカになるようならば”別れる”しかないじゃないかと、美春は密かに賭けをしていたのだった。

”じゅうじゅう”と肉の焼ける音がする。

健史がホルモンを丹念に鉄網に押し付けている。
「ホルモンってもともと大腸の部分だから菌がいっぱいだもんなっ!」
鉄網の下の炭火に肉の脂が落ちて、次の瞬間メラッと火が燃え上がった。
したたり落ちるホルモンの脂と健史を横目にわたしは思った。
「いかにおなかを壊そうが、ホルモンは焼きすぎないほうがいい…そんな焼き方じゃあ肉の旨みが消える…」

わたしと健史もホルモンの焼き方のように価値観がちがうらしい。
最近つくづく美春はそう思う。

交際をはじめて2年、今年お互いに30歳をむかえるのだが、しだいにぎくしゃくするようになってきた。
健史は優しい、そしてくだらないことを言う時もあるし、喧嘩する時もある。
でも…彼の優しさよりも、くだらない発言や時折おこる喧嘩が美春にとってはつらく感じるようになってきたのだ。
「ふたりで焼肉食べるのも久しぶりだねえ」
美春は敢えて能天気な声で健史に話しかけた。
「たしかに美春とは食べてないなあ、先週職場の打ち上げの一次会が焼肉屋だったけどおいしかったなあ」
そう言葉を返す健史に美春は警戒心を働かせる。
久しく会ってないから、お互いのきっかけ作りのつもりで焼肉の話をふったのだ。
本格的に焼肉の話で盛り上がるつもりなどなく、美春と健史、二人だけの共通話題を楽しみたいのが本音だった。
”焼肉”の話題はその場一連の流れにすぎない。
健史は先週の職場の打ち上げ話に本腰をいれるつもりだろうか、久しぶりに会ったのに。

…他の人と飲む時間はあるのにわたしには電話もメールもほとんどくれなかった…。

「ふーん、何の打ち上げだったの?」
美春はそれでも気を取り直し会話を続けた。

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