ライバルとやすらぎ : MIHARUアラウンド

ライバルとやすらぎ

「あっ美春ちゃん先にきてた?」
茶色のコーデュロイJKにオフホワイトのシャツにチノパンツ、麻生はいつもほとんどノーネクタイだ。
長身なので、あまり着飾らなくてもさまになるのは麻生のよさだった。
「麻生さんっていつもカジュアルノーネクタイだよね、許される社風なんだ」
最近では美春は麻生に敬語を使わなくなった。
「うちの会社はカジュアルOKの成果主義、まあ礼儀としてジャケットは着用してるけど」
「コンピュータ業界ですらこうなのに、うちのシーラカンスたちはホントにっ!」
「おっ、姫の仕事の愚痴がいきなりはじまったぞ!」
麻生は美春のことを時おり”姫”と呼ぶ。

ふたりともまずは一杯目、生ビールを注文した。
女性店員の冴子さんがジョッキを抱えてやってきた。
赤のセーターにジーンズ、スレンダーで抜群のスタイルに黒いエプロンをかけている。
34歳の子持ちバツイチの冴子さんはとても色っぽい。
彼女は『らいおん』常連客のマドンナだ。
とがったあごに切れ長の細い目、細い眉、薄い唇、一見薄幸そうなパーツもすべてが揃えば崩れた色気が生まれる。
スナックなどで働いてもかなり人気が出そうな、客あしらいも上手なゆうこさんだが、美春はこの女性が少し苦手だった。
苦手というよりも警戒しているほうが正しい表現かもしれない。
美春の邪推かもしれないが、冴子さんは麻生に特別な好意を抱いている気がする。
まだ数回しかこの店に足を運んでないが、美春の女性の勘がはたらく。

冴子さんはビールジョッキをふたりのテーブルにおいた。
「お待たせしましたごゆっくり」
そういいながら麻生に送る視線に意味があるように感じてしまうのは焼きもちなのだろうか。

ここ最近週2回ほどのペースで美春と麻生は会っている。
そして会うたびに、捉えどころのなかった美春の気持ちが輪郭を帯びてくる。

”わたしは麻生に確実に惹かれている”

30歳目前という年齢が、唐突に恋愛感情に溺れることに無意識の歯止めをかけていた。
ましてや健史のことがある。
何度か麻生と会ううちに、美春は自分が無意識に歯止をかけていたことに気づく結果となった。

”わたしは麻生に確実に惹かれている”

健史は恋人であると同時にライバルでもあった。
同じ年齢の男女だから、支えあうと同時に張り合うところも多かった。
麻生の前では美春は無防備でいられる。
年齢が9歳離れていることも一要因だが、何よりも麻生の人間性の部分が大きい。
麻生はおおらかで嫌味のない男だった。
そして時おり鋭い分析力や頑として動かない硬い芯のようなものを垣間見せる。
麻生といるときは、美春の心は凪いだ海のような気持ちでいられた。

ビールを口に運びながら、美春は麻生の草野球の写真を見つめた。

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