別れをリードするのは・・ : MIHARUアラウンド

別れをリードするのは・・

会話を遮らない程度に、店内には静かにジャズのBGMが流れている。

「なんの話し?」美春は健史の会話を促した。
健史の話の内容に皆目検討がつかず、なんとなく不安な気持ちになりながら。

「おれ、来月福岡に転勤するんだ」
「えっ!?」
呆気にとられ、美春の目が点になった。
まったく予想外の健史の転勤話に、なかなか言葉が出てこない。
健史はそんな美春の様子をうかがいながら話を続けた。
「いやあ、おれも青天の霹靂なんだけど…このままずっと本社勤務だと思ってたから」
「去年福岡に支社ができて業績も好調、福岡支社が人手不足になってきてさ」
「役職が上がるかたちで福岡に転勤が決まった」
健史は一気にそう告げると横を向いて金魚を眺めた。

健史の話しに美春はかなり動揺していた。
動揺を隠そうとするのだがうまく隠せない。
ワイングラスを肘でひっかけ倒しそうになり、健史があわててそれをキャッチした。
反動で少しだけ白ワインがとび跳ねテーブルを濡らした。
「…それはさすがに予想しなかった、…福岡、びっくり…」
健史は白ワインを口に運んだ。
「美春が福岡についてくるとも到底思えないし、そうなれば遠距離恋愛、たぶん難しいだろう?」
「だから別れるのは正解だと思ってる、こっちこそごめん」
美春は無意識に、赤い珊瑚のピアスを指でもてあそんでいた。
心は遥か遠くに放心しながら。

昨日健史との電話を切ったあとの、鏡の前で服を悩んだ自分が浮かんでくる。
別れを切り出すつもりなのに健史の目に映る自分を意識したりして。

”健史が福岡に転勤する”

別れた後にベストフレンドにでもなろうと思っていたのだろうか。
いや男と女が簡単に友達になれるわけがない。
しかも別れようとしていたわけだし…。
ならば、健史が転勤しようがしまいがわたしには全然関係ないじゃないか。
美春はそう自分に言い聞かせている、でもうまく言い聞かせられない。

美春の動揺は、やはり女性特有のエゴから生まれたものだった。
自分からではなく、健史から一方的に突き付けられる喪失感に美春は動揺したのだった。
”自分が別れをリードする”その高慢な感情が美春の心のどこかに介在していたのだ。

自分の身勝手で理不尽な喪失感に美春は翻弄されていた。

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