セレクトショップ『ナチュラリスト』 : MIHARUアラウンド

セレクトショップ『ナチュラリスト』

美春と健史の「麒麟屋」でのけんかから10日が過ぎた。
そして月曜日の朝、美春は通勤の満員電車に揺られながら会社に向かっている。

この一週間、健史とは音信不通になっている。
もともと電話やメールに不精気味の健史だが、今回の沈黙は美春には手痛い感じがした。
ひさしぶりに食事をするため会った先週、健史との別れの可能性もある程度念頭に置いていたじゃないか。
その覚悟のもとに、わたしは麒麟屋で健史に啖呵をきったはずだ。
なのに、いざ連絡がこないとどうしてこんなに動揺するんだろう。
「つくづくわたしは潔の悪い女だ…」

美春は今夜、健史に連絡してみようと思った。
ふたりの関係がどんな結果をむかえようとも、このまま自然消滅というわけにはいかない。
2年もつきあってそんな最後ではあまりに後味がわるい気がした…。

週末明けの職場はまるで戦場だ。
美春の会社のパソコンメールにもFAXにも、お客様からの客注の要望や、取引先の商品の納期、販促の確認、他にも数え切れないほどの議題であふれている。

美春は『ナチュラリスト』というセレクトショップのマーチャンダイジングを担当している。
『売れ筋商品が少ない、補充スピードが遅い、他店よりもトレンド戦略が半月遅れている』
『ナチュラリスト』からの要望は切ない悲鳴をあげていた。
美春もショップ販売員からキャリアスタートして店長を経験し、アシスタントMD にまで昇格した。
だから現場の気持ちは手に取るようにわかる。
ショップはとは売り上げの最前線の現場であり、競合他店と争う戦場だ。
この戦場で商品が売れなければ、会社という母体戦艦を支えることもできないのだ。
ショップスタッフが踏ん張っているから買い付け予算も生まれるし、バイヤーやMD の仕事だって生まれる。
最前線の現場と母体戦艦、このどちらかが不発に終わるようならば、アパレル会社がうまく循環するはずがない。

メールとFAX を交互に確認しながら美春は頭を抱えた。
午後からは販売促進会議が行われることになっている。
この販促会議が美春にとっていつも頭痛の種だった。

美春が勤めている会社は歴史の長い大手アパレルメーカーだ。
東証1部に上場しており、宝飾や呉服、毛皮、雑貨など、女性関連のたくさんの事業をかかえている。
出せば何でも売れるバブル景気の時代には飛ぶ鳥を落とす勢いの会社だった。
しかし今では確実に時代に乗り遅れている。
アパレル業界において他社に完全に水をあけられた…というか、化石となった感が否めなかった。
勤続年数の長い年配の男性社員はバブル時代の成功体験で時計の針が止まっている。
それこそが業績不振の諸悪の根源だと美春は感じていた。

「ファッショントレンドは絶え間なく動いている」
情報の追いかけっこに負けないフットワークの速さと飽くなき好奇心が売れ線を作るには必要不可欠だ。
果たしてうちの会社の古参の男性社員にその認識はあるのか…。
古参の男性社員はまるで”アパレル業界のサラリーマン”だと美春は思っていた。

昼休みは終わり、頭痛の種の販売促進会議が始まった。

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