降り続く雨 : MIHARUアラウンド

降り続く雨

麻生の名刺の前で腕を組みながら美春はしばらく静止していた。
そして思い立ったようにリビングに戻ると、テーブルの上の携帯電話を手ににぎった。
麻生の顔が頭から離れないのは事実だ、名刺に記載されている会社のメールアドレスに連絡してみよう。
週末明け出勤すれば、メールは自動的に麻生の目に留まることになるだろう。
そしてあとは成り行きに任せてみればいい。

美春は駆け引きというものがどうにも苦手な性格だった。
上手に立ち回る器用さが美春に備わっていれば、きっと販促会議で地雷を踏む発言をすることもなかったし、健史とこじれる事もなかっただろう。
美春の率直さは仕事において最高の武器になる時もある、そして最悪の凶器になる時もある。
すべては自分で撒いた種…わかっている。
30歳を目前にして、セーブすることの重要性を問われている。
人として変化を要求されている…。

美春の心が意気消沈した。
「この麻生さんへのメールも、いつもの暴走なのかなあ」
窓の外を眺めた。
雨の中、白い車が走っている、タイヤが道路の水を巻き上げる音がきこえる。

麻生にメールを打つことなく、美春は携帯電話をテーブルに戻した。
仕事や恋愛でトラブルが続いたことが、美春の持ち味の積極性を奪っていた。

暖めたコーヒーを片手に美春はとぼとぼとテーブルに戻った。
淡水パールとオニキスを指にとってもくもくとテグスに通していった。
少しづつネックレスの輪郭ができあがってくる。
リビングの時計を見ると3時。
美春はため息をつきながらうつむいた。
雨はしばらく止みそうになく、時おり車のタイヤの煙る音が美春の耳にきこえた。
「雨・雨・雨…」
「焼肉屋を飛び出した日も雨…健史から電話で突き放された日も雨…」
「わたしが雨女なのか、健史が雨男なのか…」
そう一人称でしゃべっていた美春の手が急にぴたりと止まった。
美春は勢いよく顔を上げた。
指に掴んでいた淡水パールがこぼれ、”コンコンコンッ”と音をたて、リビングのフローリングの床のどこかに消えた。
 
「ああっそっかー!」と手のひらをぽんと叩くと、美春はゼンマイ人形のような早さで玄関にむかった。
玄関脇の水玉の傘を手に掴むと、躊躇なくドアを閉じて外に飛び出した。

雨の中、美春は目的の場所に向かって一目散に歩きだした。

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