センスの悪いバイヤー : MIHARUアラウンド

センスの悪いバイヤー

「9月の予算550万に対し、18日現在売上げ240万、達成率43.6%です」
『ナチュラリスト』新宿店店長、本沢るりの売上げ報告に、秋山は間髪いれずに言葉をはさんだ。
「本沢店長、今の進捗状況だと今月の予算達成難しいかもしれないよね」
本沢は秋山の言葉に小さく頷いた。

本沢るりはきりっと涼しげな顔立ちをした長身の27歳の女性だ。
長い髪をきちっとシニヨンにまとめ、おおぶりのピアスを揺らしてアジア風のイメージを演出している。
服の趣味もすっきりとしたものが性に合うらしく、黒のVネックなどをいつも好んで着ている。

「新宿という集客のいい場所なのに苦戦している理由は?そして期末までの改善策は?」
秋山の容赦ないつっこみに本沢も怯まず言い返す。
「集客のある立地だからこそ競合店も乱立しています」
「売れ筋商品が枯渇した後の商品フォローがないことも苦戦の原因です」
秋山の目がきらりと光った。
「売れ筋商品だけが頼り?販売力の問題は?」
「死に筋を上手に演出して売上げに変えることが販売員の役目じゃないの?」
本沢は少し沈黙したあと言葉を発した。
「販売力で売上げはたしかにかわります…」
「でも販売力だけで予算を達成することは難しいと思います、商品力やマーチャンダイジングも絶対必要です」
本沢の言い分を聞いて秋山はバイヤーの瀬戸に矛先をむけた。
「瀬戸バイヤー、商品買い付けのバランスはどうなっているの?」

このバイヤーの瀬戸がまた曲者だった。
31歳の彼女は新卒採用でこの会社に就職した古株社員だ。
以前は毛皮事業部に在籍していた。
『ナチュラリスト』の立ち上げと同時にバイヤーとして就任したが、この人事には会社内で相当噂が飛び交ったらしい。

瀬戸は大学時代ロンドンやフランスに短期留学した経験もあり語学もそこそこできる。
小柄で女らしい男性好みの体型だし、顔もまあまあ美人の範疇に入るだろう。
しかし容姿全体の雰囲気が野暮ったい、身に着けているものもセンスが悪い。
アパレル業界において、センスの悪いバイヤーが存在すること自体、美春には信じられない。
瀬戸が地方の地主のひとり娘であることは有名な話で、確かに彼女自身から育ちの良さは感じられる。
ただ、バイヤーとしてブランドを牽引するほど洗練されているかはかなり疑問だ。
そんな瀬戸のバイヤー就任人事の裏側には副社長の力が関係しているらしい。
彼女は副社長の愛人だと社内ではもっぱらの噂で、その噂はおそらく真実だろうと美春は確信している。

秋山の質問を受け、瀬戸はゆっくりと向き直った。

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