バッグの中の一枚の名刺 : MIHARUアラウンド

バッグの中の一枚の名刺

健史とケンカした翌日の土曜日の朝、美春は自分の部屋で目が覚めた。

「あれえ?わたし…」
タイムマシーンに乗って今日を迎えたような感覚だった。
麒麟屋までの記憶はしっかりとあるが、そのあとから今に至るまでの記憶がおぼろげなのだ。
「麒麟屋」「健史」「雨」「アサヒスーパードライ」「アラサ―」「赤い靴」
頭の中でキーワード検索している。

『麻生』というキーワードが頭に浮かんだ。
あっ!という気持ちとともに、美春は思わずベットから跳ね起きた。
わたしはたしか雨の中ずぶ濡れでふらつき、草むらのベンチでお酒を飲んで、初対面の男性と盛り上がりどんちゃん騒ぎ。
しかもクルクル踊ってさえいたような…。
少しづつ記憶が蘇るとはじめは顔色が青くなり、さらに記憶が蘇ると恥ずかしさのあまり赤くなった。

「とりあえずベッドから起きて活動を開始しよう」
美春はロールカーテンをあけて朝日を部屋に入れた。
コーヒーを飲むためにお湯をを温め、キッチン横の観葉植物に水をあげた。
バッグから携帯電話を取り出し確認したが、その後健史からは着信もメールもない。
心の奥のどんよりとしたシコリのようなものに美春は息苦しくなる。
深くため息をついて肩を落とした。

ふと、バッグの中の一枚の名刺に美春の視線が注がれた。
はてなぜ名刺が?と思い目を通すと、ある大手通信会社の名前の下に”システム開発主任 麻生直樹”と記されていた。
肩書きと名前の下には会社のパソコンのメールアドレスが印刷されている。
記憶はないが、おそらくどんちゃん騒ぎの最中にもらったのだろう。
「もう会うことはないでしょう」

美春は麻生の名刺を丸めて黄色のゴミ箱に捨てた。

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