勝てば官軍負ければ賊軍 : MIHARUアラウンド

勝てば官軍負ければ賊軍

『ナチュラリスト』は、アパレル事業部が新しい時代の風に乗るために社運をかけて立ちあげた。
ブランドが立ち上がり2年がたつが、古参と化石の席捲する社内ではいまだ賛否両論が渦巻いている。
それらの”負の力”をねじ伏せるには”結果”を出さねばならない。

勝てば官軍負ければ賊軍…それが『ナチュラリスト』の今の状況だった。

しかも30歳目前の美春にとってみれば仕事のキャリアがかかっている。
ブランドが成功するか頓挫するかで今後の仕事の流れが豹変するかもしれない。
それは岡も同じだった。
ブランドが順調に軌道に乗れば部長の椅子が、成功の暁には専務の椅子が待っているかもしれないのだ。

岡はさきほどからバーボンをロックで飲んでいる。
「片桐、たしかにうちの会社は平和ぼけで無能が多い、景気のいい時代にはそれでもやってこれた」
「おまえは頭の回転も速い、感性もマネージメント力もある、まあ有能といえるだろう」
岡はバーボンをぐいっと飲み干した。
空いたグラスの氷が”カラカラッ”と音をたてた。
「…しかし今日の会議でのやり方はいただけないぞ、否定はいいが相手を崖まで追い詰めるな」
「ああいう連中は筋道をたててものを考えることができない…追い詰めると逆に飛びかかってくるぞ」
美春は岡の空いたグラスにバーボンを注いだ。
「さすがにおれは今の時代の感性についていけん、ニーズが読めない」
「だからおまえや天野や西条に託す…瀬戸では無理だ、彼女には感性がない」
美春はこくりとうなずいた。
「片桐、おまえも社会人ならば我慢も覚えろ、正論だけでは打破できないぞ」
「足元をすくわれるなよ…」
酒に強い岡も、さすがにろれつが怪しくなってきた。
岡を横目に美春は白ワインを静かに口に運んだ。

ブランドさえ成功させてしまえば何も今の会社にしばられる必要はない。
成功体験と肩書きを持参して風通しの良い会社に転職すればいいだけの話だ。
まずはアシスタントMDから西条さんと同格のMDに昇格する必要がある。
だから正直、美春はあせっている。
「勝てば官軍負ければ賊軍…」
バイヤーの瀬戸にも壮絶にがんばってもらわなくては話にならない。
たとえ副社長の愛人であろうが、いわくつきの人事であろうが、もうバイヤーの椅子に座ってしまっているのだから。

『金魚』という店名どおり、すごく大きいガラスの金魚鉢の中、赤い金魚がゆらゆらと泳いでいる。
ふわふわと優美な尾ひれと独特の朱赤が美春の視界を行ったりきたり。

「マネージャー白ワインお代わりくださいっ!」
美春は何かをふっきるようにマネージャーにグラスを差し出した。

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