久しぶりの電話 : MIHARUアラウンド

久しぶりの電話

「こんばんは、今電話をもらったみたいだけど、風呂からあがったばかりで出れなかった」

美春と健史が『麒麟屋』でケンカしてから1ヶ月が経過している。
健史の他人行儀な声色の中から、かすかな緊張感が伝わってくる。
「夜分にごめん、ほんとにお久しぶり」
美春は軽く社交辞令を述べた。
「会って話しをしたいんだけど、今週の夜、時間作れない?」
健史は数秒沈黙した。
「いいよ明日でどう?それ以降だと仕事や宴会でちと厳しい」
「明日!?急だね、わかったじゃあ明日で」
6時半に駅前、待ち合わせ場所と時間を性急に決めて、ふたりは電話を切った。

健史と会う約束をとりあえず取り付け、美春は心が軽くなった。
麻生へのノルマをひとつ果たしたような開放感に包まれている。

電話を終えると美春はあわててクローゼットにむかった。
「さあ明日は勝負だ、何を着ていこう」
シックに黒のVネックでいい女風?それともわかり易くワンピース?あるいはワイドパンツで颯爽と…。
鏡の前であれこれコーディネイトしながら、思わず我に帰って美春は苦笑した。

…別れるつもりの男と会うときにすら、その別れる男にいい女と思われたい自分がいる…

別れ話の重さよりも何を着ていこうかと気にしている…。
「あっはっはっ、ほんとわたしって…!」美春は夜分遅い時間ということもはばからず大きく笑った。
それは、あまりにも滑稽な自分の心の動きに対する笑いだった。

…女ってほんとうに自己愛のかたまりだ、どんなときも基準値は自分にある…
『でも、わたしはそんな自分がけっして嫌いじゃない』美春はそう思った。
男と女って本当に不思議だ。
お互いエゴがあってナルシスズムがあって、お互いに領域を譲ったり、領域侵犯したりしてる。
いつもいつもふたりの中で小さな戦争を繰り返している。

窓を開けると夜空にたくさんの星座が瞬いている。
漆黒の闇を彩るように、シリウスが特別な青白い輝きを放ってとても綺麗だ。
美春はしばらく星空を眺めるとベッドにもぐり、すぐに深い眠りについた。

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