岡マネージャー : MIHARUアラウンド

岡マネージャー

「盛り上がってるところ非常に申し訳ないが…片桐くんちょっといい?」

声の主のほうにおそるおそる振り返ると、岡マネージャーが廊下の真ん中に仁王立ちしていた。
縦も横もでかい体つきの岡マネージャーは迫力がある。
九州出身ならではの大きな瞳には目力がみなぎり、なんでも剣道の有段者ということだ。
本沢は会議室からの一連の流れから事情を察し「わたしショップに戻りまーす!」と、その場から姿を消した。

「なにが”そのピアスすてきー”だ!このバカっ!」
岡は開口一番美春を怒鳴りつけた。
美春は小首をかしげて岡マネージャーに振り返り「えへっ」と苦笑いした。
「なにが”えへっ”だ!ぶりっこする歳かっ!あほっ!」
美春は「すみませーん」と、岡にぺこりと頭を下げた。
「本当にお前はまったく…」
岡は苦々しい表情で美春の頭を小突きながら言った。
「今から飲みに行くぞ!」


美春と岡は『金魚』というバーで今飲んでいる。

美春だってさすがに、今日の販売促進会議で自分の発言が地雷を踏んだことは認識している。
岡マネージャーは美春の空のグラスに白ワインを注いだ。

「おい片桐、飲みすぎだ」
「マネージャー…これが飲まずにいられますかっ…」
ふうっと岡はため息をついた。
「片桐、お前の気持ちはわかる…俺はこんなオヤジだが、商売の成功ポイントぐらいわかるぞ」
「会社が新しい事業を立ち上げお前たちが起用された、もう俺たちの出番じゃない」
そのセリフに美春はマネージャーの顔をまじまじと見据えた。

44歳の岡マネージャーは、古参と化石の闊歩するこの会社の中ではまだ時代を見抜く目を持っていた。
呉服部門で営業として活躍し、ジュエリー事業部へ移動後は、2年間フランスに駐留した経験もある。
”しかしさすがに今の時代の感性を吸収できない、お手上げだ”岡マネージャーはよくそう美春にこぼす。
美春の上司であるは岡は物を見る目、人を見る目は優れている。
美春の販売員時代、一番能力を評価してくれたのもこの岡だ。
店長昇格を本社に提言してくれたのも、アシスタントMDに抜擢してくれたのも、この岡のジャッジメントに他ならなかった。

BACK HOME NEXT