空気の読めない男 : MIHARUアラウンド

空気の読めない男

「同じ部署の鵜川さんという女性が結婚退職することになってさ、まあまあ綺麗な人なんだけど」
「へえ、その女のひと年齢はいくつ?」
他人の結婚退職の話などまったく興味はないが、美春はいちおう社交辞令で聞いた。
「35歳なんだけど取引先の上役にプロポーズされて、まあ玉の輿といえるかな、仕事は結構できる人だったけど」
自分より年上の35歳の女性が綺麗といわれ、幸せな結婚報告を聞くことは同姓としてとても気分が良かった。
他人の人生だけど、いつか自分にも同等に素敵なことが起こるかもしれないと夢を重ねることができるからだ。

美春は心が浮き立ち言葉を繋げた。
「男性って、いきいきハツラツとしている女性に惹かれるんだね、男性にとって女性って年齢だけじゃないんだあ」
すると健史から冷たい言葉が返ってきた。
「世の中の男はほとんど若い女がいいに決まってるだろう!ほとんどそうだよ!」
唖然としながら美春は健史の手元のビールジョッキグラスを見つめた。
ビールジョッキグラスはほとんど空になりかけていた。
今年30歳を迎える美春にとって、女性の年齢の話はけっして気楽な話題ではない。
だからこそ、男性側の配慮が必要だと思うのだが、健史は”若い女がいいに決まってるだろう!”と語尾を高める。
怒りと困惑と情けなさが同時にこみ上げてきたが、美春はそれでもまだ踏ん張った。
「ええー、黒木瞳なんてすごく綺麗だけど、それでもやっぱり若い子にはかなわないのかなあ」
空気を読めない健史は躊躇がなかった。
「いくら綺麗でも年齢は年齢だよ、だいたいの男はやっぱり若い女のコが好きさ」

美春はほとんど口をつけていないジョッキを持ち上げると、ビールを一気に喉に流し込んだ。
アルコールが体中をぐるぐる回った。

飲み干したジョッキを”どんっ”とテーブルにおいて健史を見据えた。
美春の体のまわりから明らかにただ事ならぬオーラが出ている。
空気を読めない健史がさすがに空気を読みはじめた。
「言わせてもらうけど、女にも男を選ぶ権利はあるのよ!」
ドリンクメニューに目を通すふりをしながら、美春の様子を健史はじっとうかがっている。
「なにが男は若い女の子が好きよ!男って選民意識強すぎ!ばかみたい!」
健史はドリンクメニューを片手に笑いながら言った。
「一般論を言っただけなのにそんなにムキにならなくてもいいじゃない、あ、ビール追加で頼む?」

ホルモンの焼き方のようにわたしと健史は価値観が合わない…。

どうしてこんなに怒っているのか健史は理解しようとしない。
この場さえやり過ごしてしまえばなんとかなると思っている。
健史にはビールのお代わりのほうが最重要課題らしい、わたしのことを無視して注文しようとしている、しかも楽しそうに。

美春の怒りは頂点に達した。

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