冷蔵庫の扉の名刺 : MIHARUアラウンド

冷蔵庫の扉の名刺

また週末の土曜日が訪れた。
午後から雨がふるから外出の際は傘を忘れずにとテレビの天気予報が伝えている。
「えー青空が出てるのに信じらんなーい」
美春はそう愚痴をこぼしながらロールカーテンをあげた。
最近の天気予報はかなり正確なので、美春が信じようが信じまいがおそらく午後からは雨がふるのだろう。

今日は外出せずにアクセサリー製作に専念することに美春は決めた。
もうすぐ10月だ、冬が来る前に新しいアクセサリーを完成させたい。
今回はいままでにない大作に挑戦するつもりだった。
ピアスとネックレスとリングの三点セットでデザインにもかなり趣向をこらすつもりだ。

先日の販売促進会議で美春は瀬戸に失言をした。
さあどう関係修復していこうかと、重い足で次の日会社に出勤したところ、フロアに瀬戸の姿はなかった。
何でも急遽沖縄出張が決まり、1週間ほど不在だという。
肩透かしをくらった気がしたが、やはり美春はほっとした。
仕事のことや健史のことで精神がかなり消耗している、気力を回復させる時間がほしかった。
瀬戸も分別ある大人の女性だ、時の経過とともに態度も軟化するだろう。
少しの時間の延命措置の中、あいかわらず美春は仕事に追われ1週間が過ぎた。
そして今日の土曜日を迎えたという訳だ。

さあアクセサリーの製作にとりかかろう。
コーヒーをいれるために美春はキッチンに向かった。
冷蔵庫の扉に貼られた、くしゃくしゃの麻生の名刺が目に飛びこんでくる。

マグカップを片手に椅子にもたれながら、美春はさきほどからずっと麻生の名刺とにらめっこしている。
月曜日の夜の草むらでの出来事に何度も何度も記憶を巻き戻しながら。


「ほんとうの意味で人を愛せるか、彼を愛せるか、結局すべてはふたりの相性の問題ということになる」

麻生は夜空の月から美春に視線を戻すと「…まあこれもおれの主観だけどね」とぼそりとつぶやいた。
「恋愛くらいでめそめそするんじゃない!ってゆうか恋愛できてウラヤマシイ!ちくしょー!」
麻生はほんとうに悔しそうな、うらやましそうな表情をする。
今度は美春が慰める番だ。
「麻生さんってかわいいなあ人間らしくて、とても9歳年上とは思えない」
美春は笑った。
「麻生さんは背も高いし優しいし、アラウンド40になってもきっと恋愛需要はありますよ!片桐美春が保証するから大丈夫!」
麻生はスパークリングワインの瓶を夜空にかざし、最後の3センチほどを一気に飲み干した。
そして「ふうっ」とひと息つくと、ベンチから立ち上がり空瓶を自分の肩に”トンっ”とのせた。
2本のスパークリングワインは見事に空っぽになった。

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