朱赤の金魚と生ビール : MIHARUアラウンド

朱赤の金魚と生ビール

ガラスの鉢の中を朱赤の金魚が漂っている。

薄暗い照明の中を金魚がゆったりと泳ぐさまは深い海の底を連想させた。
水中を静かに泡が立ちのぼり、時おりぴしゃっと水のはねる音がする。

「すごいねこのガラス鉢の大きさ、この金魚、なんて品種なんだろう」
飲み物が運ばれるまでの気まずさを打ち破るように、美春がそんなとりとめのない話をはじめた。
「たぶん”りゅうきん”じゃないか?このぽってりしたかたちとおひれの雰囲気から」
「へええ、詳しいね」
美春は健史を意外な面持ちで見つめた。
「うちの母さん金魚好きだったから、おれが子供のころピーク時には家で10匹ぐらい飼ってた」
「えーすごいねっ、お祭りで金魚すくいやっても、うちなんかすぐ死んじゃったのに」
「そりゃあ美春のずぼらな性格じゃあ育てられないだろう」
そういって健史が笑ったので少し場が和んだ。
「なんて暴言!セクハラでうったえてやる!」
それに乗じることで美春にも余裕が出てきた。

「お待たせしました生ビールです」
美春と健史の前にジョッキが置かれたので、ふたりは一瞬会話を止めた。

「まずはお久しぶりです、今日は時間を作ってくれてありがとう」
ビールで乾杯すると、思い切って美春は話しを切り出した。

「わたしたち別れた方がいいと思わない?」
「お互い仕事も忙しいからなかなか会えないし、たまに会えばケンカになるし…」
しばらくの沈黙のあと「そうだな、おれもそう思う」と、健史も頷いた。
会話の内容の気まずさからか、ふたりともジョッキを口に運ぶペースが早い。
ジョッキを口に運んではテーブルに戻すという作業を、せわしなく何度も繰り返している。

そんな美春と健史をからかうように、時おり金魚がぴしゃんとはねる、静かに泡が立ちのぼる。

ウエイターが白ワインを運んできた。
少し黄色味を帯びた液体が丁寧にグラスに注がれている。
ふたりは間髪いれずにそのグラスを口に運んだ。
少しづつ酔いが体を侵食しはじめる。
ワイングラスを片手に健史は薄暗い店内を見渡した。

「昨日連絡くれておれも助かったよ、美春に話したいことがあったから、おれのほうから連絡しようかと思案してたところだった」
健史は美春のほうに向き直りそう口を開いた。

BACK HOME  NEXT