健史と麻生
『らいおん』からアパートまでの道のりを美春と麻生はのんびり歩いた。
アスファルトの舗道が落ち葉で琥珀色に染まり、本格的な冬の到来を優しく告げている。
「らいおんの鴨鍋って天下一品だよね、冬の間何度でも食べたい」
今しがたの食の記憶に美春は舌鼓をうった。
「だしがやっぱり違うよなあ、自分の家でやってもあのスープの深みはだせないよなあ」
美春と麻生は酒豪の食い道楽だ。
会えばいつも酒と食事を堪能するし、帰路はその話題でとことん盛り上がるのがお約束だ。
美春の脳裏をふと健史が横切る。
交際の2年間、健史と何度も食事をした、酒を飲んだ。
そして美春は再確認する”麻生と健史はちがう”…ということを。
健史は会話がランダムに飛ぶ。
主語述語がはっきりしない話し方をするし、基本的に自分の話に熱中している。
俯瞰的な感覚のない健史との会話に、美春は常に翻弄されていた気がする。
美春が俯瞰の視線で話をすると、健史は点の視線で返答をかえす。
だから折り合わずたびたびケンカにもなる。
美春の怒りの原因がわからない健史は、ケンカになるたびいつも戸惑っていた。
麻生はちがう。
美春の会話を俯瞰図で受け止める。
麻生自身の話に熱中もするが、会話の進め方には美春の入る隙がきちんと用意されている。
知らないジャンルの会話にも興味を示してくれる。
美春の性格的にきつい面をオブラートに包んでくれたり、かといって柔らかくたしなめてくれたり。
おのずと麻生と美春はリズムのいい会話になる。
…でも健史は無邪気で、本質的には優しかった…
わたしは自分を律することもせず、健史だけに求めすぎたのだろう、今ならばすごくわかる。
記憶の糸を断ち切るように美春は口を開いた。
「そういえば女性店員の冴子さんって…どうも麻生さんに気があるように感じるんだけどー」
麻生は”えっ意外!”という表情で美春にふり返った。
「おれはそんな風に感じたことはないけどね」
「でも本当ならもったいないことをした…あんな色っぽい美人…」
麻生の言葉に美春は無言になった。
「大丈夫、美春ちゃんの魅力にはかなわないからさ」
麻生はフォローをいれながらふと真顔になった。
「その後健史くんとはどうなってるの?」
美春と麻生を沈黙が支配した。
強い風が街路樹を揺らし、琥珀色の落ち葉が宙を舞った。
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アスファルトの舗道が落ち葉で琥珀色に染まり、本格的な冬の到来を優しく告げている。
「らいおんの鴨鍋って天下一品だよね、冬の間何度でも食べたい」
今しがたの食の記憶に美春は舌鼓をうった。
「だしがやっぱり違うよなあ、自分の家でやってもあのスープの深みはだせないよなあ」
美春と麻生は酒豪の食い道楽だ。
会えばいつも酒と食事を堪能するし、帰路はその話題でとことん盛り上がるのがお約束だ。
美春の脳裏をふと健史が横切る。
交際の2年間、健史と何度も食事をした、酒を飲んだ。
そして美春は再確認する”麻生と健史はちがう”…ということを。
健史は会話がランダムに飛ぶ。
主語述語がはっきりしない話し方をするし、基本的に自分の話に熱中している。
俯瞰的な感覚のない健史との会話に、美春は常に翻弄されていた気がする。
美春が俯瞰の視線で話をすると、健史は点の視線で返答をかえす。
だから折り合わずたびたびケンカにもなる。
美春の怒りの原因がわからない健史は、ケンカになるたびいつも戸惑っていた。
麻生はちがう。
美春の会話を俯瞰図で受け止める。
麻生自身の話に熱中もするが、会話の進め方には美春の入る隙がきちんと用意されている。
知らないジャンルの会話にも興味を示してくれる。
美春の性格的にきつい面をオブラートに包んでくれたり、かといって柔らかくたしなめてくれたり。
おのずと麻生と美春はリズムのいい会話になる。
…でも健史は無邪気で、本質的には優しかった…
わたしは自分を律することもせず、健史だけに求めすぎたのだろう、今ならばすごくわかる。
記憶の糸を断ち切るように美春は口を開いた。
「そういえば女性店員の冴子さんって…どうも麻生さんに気があるように感じるんだけどー」
麻生は”えっ意外!”という表情で美春にふり返った。
「おれはそんな風に感じたことはないけどね」
「でも本当ならもったいないことをした…あんな色っぽい美人…」
麻生の言葉に美春は無言になった。
「大丈夫、美春ちゃんの魅力にはかなわないからさ」
麻生はフォローをいれながらふと真顔になった。
「その後健史くんとはどうなってるの?」
美春と麻生を沈黙が支配した。
強い風が街路樹を揺らし、琥珀色の落ち葉が宙を舞った。
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